火災事案における延焼と「煙害」の請求対応について
師井 宏明

師井 宏明

所長 | 研究部 主席研究員

本論考は、令和4年11月27日に発生した、JR大宮駅東口近辺の火災事案に際し、その法的・保険的解決について考えてみたものである。本事案に限らず、火災発生時に生ずる煙での損害、つまり「煙害」に対して保障特に火災補償はどのように対応するのかは、火災補償の契約時などではそれほど解説を受けることもないので、利用者側にとって意外に盲点となっていると思われる。煙害の特殊性は、火元から離れていても損害を受けること、そして主に汚損と臭気による「損壊」が問題になることであろう。だからこその対応が困難となる場合も考えられ、特に臭気については目に見えないが実質的に被害が大きくなりうるため、対策を講じておくか、少なくとも何らかの知見を有しておくべきと思われる。

一般的に損害に対しては、①故意または過失により②侵害行為があり③損害が発生し④②と③の間に因果関係が存在すること、を条件に、加害者側に損害賠償請求ができる(民法709条)。他にも要件があるものの、この場合に重要なのは④の「因果関係」、すなわち「火事になったことと、煙で損害が発生したことに因果関係が存在するか」ということとなる。そして民法709条は、被害者側すなわち損害賠償請求者側が、その因果関係を立証する必要がある。その因果関係が立証されない限り、賠償請求はできないこととなる。

ここで例えば、A建物で出火し全焼、隣接のB建物が延焼で全焼、さらに隣接のC建物に延焼しはないものの、Bへの放水の影響でC建物内が水浸しとなり、さらにD飲食店建物が延焼はないものの、大量の煙によって被害を受けた場合を考えてみる。

1.例えばAの出火が「放火」であった場合、Aの出火に過失はなく、結果Bに対していわゆる賠償責任はない(失火責任法1条)。Cに対してはそもそも延焼結果はないので、失火責任法は適用がない。また、建物に対して損害を与えたのが消防であり、消防に賠償請求したいものの、原則「消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために必要があるとき」であれば損害賠償請求自体が認められない(消防法29条)。Dに対しては延焼も放水もなく、ただ煙害があるだけであるが、Dに対しては、「延焼」でなく「放水」自体もないため、結果的に賠償系の補償は利用できない。

2.かように第三者の加害がある場合、保険の対応方法の傾向は、まず第三者に対する賠償責任保険を利用し、二次的に当該損害物の補修目的の財産保険を利用する。そして賠償責任保険は原則、加害者側に法律上の損害賠償責任があり、被害者が賠償請求が可能な状況で、初めて発動する構成となっている。したがって、上記事例だと結果的に、Aが利用できる保険は財産保険たる火災補償のみ、BはAに対する賠償請求が遮断されているため、Aは賠償責任保険は不要、そしてCはBに対して請求遮断、消防に対しても請求遮断、Dは煙害だがAに対してはBに対してと同様に請求遮断となる。つまり本件のような火災被害の延焼だと、各々賠償請求権自体が成立しないため、賠償責任保険も発動せず、保険利用できないことになる(但し、失火見舞費用保険金、類焼損害補償特約保険金は各々支払条件を満たす場合には請求可能である)。

3.そこで次に火災補償がそれぞれ発動できるかを検討することになる。Aでは火災約款上放火の被害者は支払免責ではないため、保険利用が可能、Bも火災補償が利用可能、Cも水災になるが火災補償が利用可能(cf.東京海上日動「トータルアシスト住まいの保険」普通保険約款第1章1条(1)③)。だが、D建物の煙害による臭気は支払対象外となる(cf.東京海上日動「トータルアシスト住まいの保険」普通保険約款第1章1条(2)②③)。したがってD建物は招集についても建物補修については保険利用できないこととなる。

以上から、一般的な火災事案は、損害賠償責任が前提で賠償責任保険が構成されているため、請求遮断となっていることから、各々の財産保険しか利用できないが、その火災約款上煙害については免責となっているため、火災補償として保険金支払いを受けられないという結論となる。

このように火災事案における煙害については、法的規制と因果関係のあいまいさなどから保険会社が約款上免責にしており、小職は火災事案の一つの欠損部分と考える。ただ現実的に、煙害の因果関係の立証はプロパーの裁判手続でも困難であり、この点の類型化、要件化や保険会社の社会インフラ機能の拡充の観点から、今後に期待したいところである(20221129)。

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