知床観光船事故における「1億円支払」のコメントについて
師井 宏明

師井 宏明

所長 | 研究部 主席研究員

2022年4月23日に発生した、極めて痛ましい知床の観光船事故は、乗員乗員全員が死亡または現在も行方不明ときく。心よりお悔やみを申し上げたい。
また船舶の状態や運航許可の背景など、明らかにされていく事実を見て、憤りを隠せない。

特に船舶会社社長の「1人1億円支払う用意がある」旨のコメントに、保険についてのリテラシーは、緊急時にこそ問われるものだと再確認した。

船舶は一般的に、
①船舶自体の修理費補填
②運行上の事故の被害者からの賠償
③乗客に対する身体に関する補償が対応する。

もちろん本コメントは③に対する無理解からくるもので、まず乗客の治療費等の補償は、原則定額払ではなく実損払であり、「乗客各人の逸失利益を算定し、それが1億円を超えない限度で支払う」ものである。 すなわち、年収や稼働年数によるのであって、1億円が支払われる確約などできるわけがない、ということである。

実損払については保険についてある程度知識があれば理解はたやすいし、誤解したと片付く問題かもしれない。
しかし小職はこの大事故の後、記者会見というオープンな場所で、動揺し心配し悲しみに暮れるご家族に対し、こと保険もろくに確認もせず1億円支払うという金額を明示してしまえるリテラシーの低さに驚愕した。

保険は確かに現金によりヘッジする機能だが、これを理解するだけでなく、表示することもまたリテラシーであり、表示された者はこれにより一定の計算をし行動をする場合もありうる。表示は規範を創りうるのである。
知識がない、間違えた、ということだけでなく、間違えたことを表示するにふさわしい場所かを知ることも、またリテラシーではないか。

事故に直面しての規範はもちろん約款だが、約款を解釈し表示された場合、それを誤認させるに適さない状況下で誤認させる等、許されることではない(2022.6)

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